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    加速度を増す高齢化
    加速度を増す邪教化
             ─正信会─

       正信会の危惧

 自称正信会は、包括法人化を目論んでいる。
 包括法人とは、教派や宗派を指す言葉であるから、これは日蓮正宗とは別個の宗派「正信会宗」を名実共に造るうという魂胆である。要するに邪宗であることを宣言しようというのだ。
 しかし、いずれにせよ、宗門僧俗にとっては、自称正信会が折伏の相手であることに、なんら変わりはない。そんななか、
 「正信会の高齢化は加速度を増すばかりか、運動の興起を知らず、大石寺の山法山規や日蓮正宗の化儀・化法をよく知らない僧俗が過半を占めてくる」(正信会報・平成一九年正月号五頁)
と、将来の行く末を深刻に案ずる声が組織内からも出ている。
 包括法人となろうが、なるまいが、その大半が「大石寺の山法山規や日蓮正宗の化儀・化法をよく知らない僧俗」なら、どんな論弁を弄しても日蓮正宗とは言えまい。それで「富士の本流」とは厚顔無恥にも程がある。


      宗門への敗北宣言?

 また、情けないことに、
 「信徒の高齢化が進み、法燈相続も思うにまかせず、新しいご信者の入信も少なく、布教への情熱も乏しいと感じている方も多いのではないかと思います」(同三二頁)
という愚痴もこぼしている。
 たしかに昨今では、近隣で正信会を名乗る者と出くわすことすら、容易ではない。
 そんな窮状を憂えての、
 「早瀬宗門の法華講の方が取り組みとしては強いものがあるように思います」(同頁)
との言に至っては、宗門への敗北宣言と言うしかない。
 所詮は根無し草の当然の末路ではあるが、「大石寺の山法山規や日蓮正宗の化儀・化法をよく知らない僧俗」が、自称正信会を我が物顔で闊歩するようになれば、ますます那教色が色濃く反映されることとなろう。
 しかも、「布教への情熱も乏しい」となれば、さらなる弱体化も容易に察しがつく。
 つまりは先細りと加速度を増す邪教化を危惧する声が、正信会内部に渦巻き始めているのである。


     大義名分も存在意義もない

 自称正信会が、自らの疲弊と将来への大きな不安を抱えているのに対して、宗門が隆々と勇往邁進する姿は、彼らが見ても余程うらやましいのであろう。
 それならば話が早い。直ちにこれまでの大謗法の数々を懺悔すればよいのである。
 そもそも自称正信会は、いわゆる創価学会の五十二年路線の謗法を追及することが大義名分だったはずだ。
 しかし、創価学会は、今や宗門から破門され、大邪教集団と成り果てた。つまり、自称正信会の大義名分は、もはや失われたのである。そんな存在意義も目的も無い団体に、「布教への情熱」など生まれようはずもない。我ら、真の宗門僧俗とは、根本的に目的観が違うのだ。
 あれこれ小賢しいことを言う前に、真摯に現実を直視すれば、活路は明白ではないか。


    過ちを改むるに憚るなかれ

 日蓮大聖人は、
 「只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らは滅せぬ罪や有るべき、来たらぬ福や有るべき。真実なり甚深なり、是を信受すべし」(御書四〇六頁)
と御教示である。
 この御金言は、一大秘法たる本門戒壇の大御本尊へと連なる題目、すなわち三大秘法の本門の題目を意味する。その成就は、これらの御内証を、ただお一人所持あそばされる御法主上人に信伏随従してこそ、はじめて成り立つのである。
 正信会よ、いかに考えを凝らしても、自らの謗法を懺悔しないかぎり、堕獄を食い止めることはできないぞ。しかし、懺悔すれば、これまでの大きな罪も必ずや滅するのである。
 勇気をもって行動しなさい!

大白法714(h19.4.1)号より転載



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