以下、疑念の残る諸点に就き、貴殿の真意を糺問したい。
一、「虚空蔵菩薩を刻んだ不思議法師という名も不思議だ」と貴殿は云うが、ならば、伝教大師最澄も、弘法大師空海も道元や法然の名も皆不思議ではないか。不思議と感ずる貴殿の真意は奈辺にあるか問い糺したい。

 虚空蔵菩薩は、「大聖人の久遠元初の仏法の開顕証悟の誘引」となった大切な役目を果たされたのである。この虚空蔵菩薩を彫んだ方が「不思議法師」と呼ばれていたのであり、
「我が一念の心不思議なる処を妙とは云ふなり」(御書四七頁)
との御金言からも、御法主上人は、この名前に不思議な因縁が感ぜられると仰せられているのである。それを不思議法師が不思議ならば、伝教大師も弘法大師も、道元や法然までも不思議ではないかと論ずること自体、意味不明であり、不適切極まる引例である。御法主上人のお言葉を、ことさらに曲解しようとする所為といわざるを得ない。

一、「虚空蔵という名称は、地・水・火・風・空の五大を表す」貴殿は前代未聞の珍説を述べているが、仏典に於ける虚空蔵と五大の法義上の定義は、各々、独自の系譜を有している。虚空蔵即五大とは、仏典上如何なる文拠に依るか、その文証を提示されたし。若し文証無ければ貴殿の我見・主観に過ぎず、邪見に堕す。この点貴殿の真意を問い糺したい。

 当該部分の御説法においては、御法主上人には「虚空蔵」という名称について述べられているのであり、
「虚空蔵という名称は地水火風空の五大をおのずから表しております。すなわち虚空全体のなかに地水火風の四つが蔵されており、不動のなかに動を蔵するその活動こそ、法界と一切の生命の実相であります」
(大白法五九五―二頁)
と仰せなのである。貴殿らの邪難のごとき「虚空蔵菩薩が即五大である」などと述べられてはいない。「おのずから表しております」と仰せなのである。「即」と「表」とははっきり概念が違うのだ。この場合、能表は虚空蔵、所表は地水火風空と解釈するのに法義上の定義とか独自の系譜などを引っ張り出す必要性は全然ないのである。そのような考えこそ仏典を固定化する爾前経に執われた融通のきかないものだと指摘する。その証拠は、『御義口伝』に「其祖転輪聖王」の文について、
「祖とは法界の異名なり、此は方便品の相性体の三如是を祖と云ふなり。此の三如是より外に転輪聖王之無きなり」(御書一七四六頁)
との御指南について、貴殿らの固定観念なら、「三如是と転輪聖王の仏典における法義上の定義は、各々独自の系譜を有す、いかなる文拠によるか、文証を提示せよ」と、宗祖大聖人に喰ってかかることになる。また得大勢菩薩について、
「御義口伝に云く、得とは応身なり、大とは法身なり、勢とは報身なり」(御書一七七七頁)
との文について、「菩薩と仏とは法義上の定義は独自の系譜あり、いかにして得大勢菩薩が仏の三身であるか、文証を提示せよ」と宗祖大聖人に訴えたらどうか。疑いもなく相性体の三如是は妙法の深意より転輪聖王を表しており、得大勢の三字も三身を表しているのだ。この場合も虚空中に一切が蔵されることは、恰も空大に四大が蔵され、また生ずることを表するに当たるのである。はたまた、貴殿らは虚空すなわち空大より他の四大が生ずることも理解できないのであろうか。日寛上人の『撰時抄文段』に、
「四大菩薩は即ち是れ地水火風の四大なり。所住の処は即ち空大なり云云」(御書文段三三九頁)
とある御指南をよくよく拝すべきである。御法主上人は、この久遠元初文底下種の仏法の本源における御本仏日蓮大聖人の悟りに約され、御書に則り御指南あそばされているのである。その久遠本源の妙法蓮華経の体内における、垂迹のあらゆる仏・菩薩、法理・法相については、当然その根本より自由自在な活釈ができるのである。御法主上人はその上からのお示しであり、貴殿らの低下な思い違いとは遥かにかけ離れているのだ。

一、貴殿は「道善房の持仏堂」と「諸仏坊の持仏堂」を、別々の場所、二つの異なる坊跡と論断している。が道善房と諸仏坊は能住の人に約すか、所住の坊跡に約すかの違いで、同一の場所にある同一の坊跡であることは、全遺文を勘案し、宗祖全門家を通じての不動の定説である。因師も、道善房は、能住の「名乗」、諸仏坊は所住の「坊跡」と、明確に指摘している(「会合抄」上巻)。敢えて別の場所、別の坊跡と論断する貴殿の根拠を問い糺したい。

 ここで貴殿らは、御法主上人が「開宣大法要」の御説法の中で、「道善房の持仏堂」と「諸仏坊の持仏堂」を、別々の場所、二つの異なる坊跡と論断しているというが、御法主上人は、
「何故大聖人様が二つの名称を示されたかについて、それが同一のものであると断定すべき積極的な理由は何も見当たらず、単なる推測に過ぎません」(大白法五九五―三)
と断わられた上で、
「この坊が同一の場所とすれば、大聖人様が三月の時は虚空蔵菩薩および道善房へ報恩の趣意より、『道善の房』と特にその名を挙げられ、四月は弘通の上からその坊名を用いて諸仏坊とされたとの会通ができます。また別の坊であったとしても当時、清澄寺に相当数の坊があったことは同『清澄寺大衆中』の文に、
『東条左衛門景信が悪人として清澄のかいしゝ等をかりとり、房々の法師等を念仏者の所従にしなんとせし』(御書九四七n)
とあることからも明らかであり、特に三月の念仏無間の説法に驚き怒った師・道善房は自坊より退出を命じ、大聖人様のさらなる四月二十八日の説法の御意志に対し、自坊の持仏堂の使用を許さなかった故に、別の場所たる諸仏坊の持仏堂で行われたことも考えられます。『王舎城事』の、
『師にて候ひし人かんだうせしかども』(同九七六n)
の御文の『勘当』が三月二十八日だったとすれば、この解釈こそ相当するものであります」(同)
と、三月と四月の説法が同一の場所であった場合と、別の場所であった場合の二通りの可能性を指摘されているのであり、決して論断されたわけではない。
 その上で御法主上人は、
「四月説では両持仏堂を同所と断定しなければならないが、その理由が明確でないのに対し、三・四月に亘る説法とすれば、以上のように明白に会通ができます。この点からも二回に亘ると解釈することが妥当と思われます」(同)
と述べられて、三月と四月に亘る説法とすれば、「道善房の持仏堂」と「諸仏坊の持仏堂」を別々の場所として明白に会通ができることからも、宗旨建立は二回に亘ると解釈することが妥当であると御指南であり、実に理路整然とされている。
 それに比べて貴殿らの論は、「はじめに否定ありき」で、何が何でも三月宗旨建立を否定せねばならないという至上命題があるために、「道善房と諸仏坊は(乃至)同一の場所にある同一の坊跡であることは、全遺文を勘案し、宗祖全門下を通じての不動の定説である」などと大見得を切るはめになるのである。しかし、現に御法主日顕上人は『王舎城事』の、
「師にて候ひし人かんだうせしかども」(同九七六頁)
の御文の「かんだう(勘当)」が三月二十八日だった可能性を述べられているではないか。これは道理の上から穏当な御見解であり、少なくとも、その可能性を否定することはできない。貴殿らの論は、「全遺文」を勘案するまでもなく、『王舎城事』一書だけでも破綻が明らかである。まして「宗祖全門下」などというが、それはこの場合日顕上人御統率の日蓮正宗以外の宗祖全門下との意味となる。つまりそれは身延日蓮宗等の謗法全門下ということであるが、なぜそのようなものの定説が有り難いのか。どれほど多数の人が認める定説であったとしても、謗法の邪義はどこまでも邪義である。貴殿ら離脱僧には、正統門家の誇りなど微塵も残らず消え失せて、性根から腐臭を放っていることに驚きを禁じ得ないのである。
 要するに、腐り切った貴殿らの論は、創価学会員を欺き、末永く創価学会につなぎ止めておくための論であるから、このような嘘と捏造にまみれた、矛盾だらけの内容となっているのである。

一、興師自筆として貴殿が引用せる「安国論問答」は、後欠の未完本であり、著述年月日と、筆述者の名及び花押の所謂「奥書」が欠落して居る。これは古筆考証の上では致命的な欠陥と言われている。更に、堀上人は同書内に、民部阿闍梨日向の金綱集内の全き類文が混入していると、指摘している。その上で「この書をもって池上本門寺における大聖人の安国論の御講の筆記とすることは大いに当を失しておる」(興師詳伝P413)と論断して居る。貴殿が石山の正義を真に思うなら、同書の原文を宗内外に公開し、厳正な古筆考証を経た上で、紛れもない真筆であるとの確証を得るべきである。貴殿にその勇気ありや否や問い糺したい。以上

 貴殿らは、『安国論問答』が日興上人の御正筆であることに疑義を挿むが、結論からいえば、大石寺に蔵される『安国論問答』の表紙には、貴殿らが認めるところの不世出の碩徳であられる日亨上人が「開山上人安国論問答」と自らの筆でお書き添えになられ、日興上人の御正筆であるとお認めになっている以上、日興上人御正筆は揺るぎない。「古筆考証」を持ち出すのは、不相伝家の常套手段である。詳細はすでに破折してある。(本書九〜一一頁参照)
 以上四点の邪難は、どれも御法主上人猊下の御説法の一部を無理やりに問題点と称したにすぎず、的外れの問いにほかならないのである。

 最後に付言すれは、一時間半に及び、廻りくどく宗旨建立の三月四月の両義を開示した貴殿の真の狙いは、昭和27年に立宗700年を祝し刊行された、不世出の碩徳堀上人の「御書全集」の抹殺にあることは明確である。と同時に、それは立宗700年から立宗750年に亘る、宗門の歴史の抹殺・空白化でもあろう。言を換えればこの五十年間に涌現した、宗創一体となっての流布の歴史の抹殺こそ黒闇の怨嫉の一念に突き動かされた、貴殿の真の狙いと、断ぜざるを得ぬ。

 貴殿らは御書の三月と四月の記述のみを捉えて、『御書全集』の抹殺などというが、それは単なる邪推である。現に昭和四十一年に日達上人の監修で発行された『昭和新定御書』では、三月宗旨建立との伝承の御書については三月と記してある。これは『御書全集』の抹殺でもなければ否定でもない。現に両御書は長年に亘って宗門において使用されてきたのである。
 現在、宗門では日常的に『平成新編御書』を拝読しているが、これは創価学会の邪義を糺していく中に、宗門が『御書全集』を使用できなくなり、その中で顕れた御書であることは誰の目にも明らかである。
 また、「宗創一体」などといっているが、どこが一体であったといえるのか。邪悪な正体を隠し、宗門を隠れ蓑として、その庇護のもとに邪悪の芽を膨らませていったのは池田大作率いる創価学会であり、昭和五十二年の教義逸脱の折は何とか糊塗したものの、窃かに時期を窺い、時至って平成二年に再び邪義を構えて宗門に敵対したのは創価学会にほかならないのである。「宗創一体となっての流布の歴史」の抹殺とは、よくもぬけぬけといえたものである。ここまでして、創価学会に媚を売らなければならない貴殿らの姿は誠に哀れである。創価学会の謗法を厳しく指弾なされた日達上人もさぞ悲しまれていることであろう。

 達師による大客殿・正本堂の威業は、この五十年に亘る宗創一体の広布の流れの一面が、歴史の事相に顕れた結晶に他ならぬ。が事は理を離れ存する道理はない。この「事相」の顕現は、「理」の整合、宗祖本仏の法義の補完とも言える石山初の宗祖御遺文全篇の編纂刊行に、その淵源を有するは他言を要すまい。その美挙が、昭和二十七年刊行願主となった創価学会戸田城聖第二代会長の熱情、更にその熱情に呼応した不世出の碩徳堀上人、この二人の権者の和合に依ったことは、御書全集の「発刊の辞」及び「序」に明らかである。この「理」の完美の上に、池田大作第三代会長の孜々営々の広布への熱誠に依り、「一閻浮提」と言う御金言を現実の射程に入れた「事」の上の流布の一大潮流が、全世界を覆いつつある現実は萬人の認める処である。

 誠に貴殿らにして言い得る自己本意の言い分である。その奧には、貴殿ら自身の存在意義を美化せんとの意もあろうが、所詮謗法の創価学会に付き従った者共である。いくら日達上人を立てるように繕いの言葉を述べても、今日の創価学会を日達上人がお許しにならないことは明確である。事実、日達上人は、
「日蓮正宗の教義が、一閻浮提に敷衍していってこそ、広宣流布であるべきであります。日蓮正宗の教義でないものが一閻浮提に広がっても、それは広宣流布とは言えないのであります」(大日蓮三四二―二〇頁)
と厳然と御指南なされている。貴殿らは「『事』の上の流布の一大潮流」というが、この日達上人の御指南からも、まさにまやかしの広布であり、このことは学会員の様々な不幸の現証により証明されるところである。御戒壇様を離れながら広宣流布・広宣流布というが、一体何を広宣流布するというのか。また「事相」をいうなら、日蓮正宗より破門となり、大謗法団体となり下がった創価学会の「事」の姿こそ、その「理」たる思想信心の濁りを証明するものである。
 さらに『御書全集』が使用できないような今日の状況になったのも、創価学会の蒔いた種によるのである。しかし日蓮正宗は、創価学会の悪意に満ちた誹謗中傷をものともせず、凛然と大法を護持あそばされる御法主日顕上人猊下のもと、僧俗一致して懸命に広布への前進を図る中、研鑚に励み、『御書全集』を編纂あそばされた日亨上人をはじめ、御歴代上人にもお喜びいただける、ほぼ完璧な御書を刊行することができた。すなわち、先には一般法華講信徒の拝読のために『平成新編日蓮大聖人御書』を発刊し、そして宗旨建立七百五十年を慶祝し奉り、専門的研鑚のために『平成校訂日蓮大聖人御書』(第一巻)を、御本仏日蓮大聖人の御宝前にお供えし奉ることができたのである。
 こうして一切衆生救済のための礎を着々と築きゆく、日蓮正宗僧俗の歩みこそ、真の広宣流布を実現する唯一の方途なのである。

 貴殿の一念に宿った破壊の魔性は、既に先師日達上人の事相の上に遂げられた偉業、大客殿・正本堂を破壊し尽くした。それに止まらず貴殿の魔性は、立宗750年の佳節を機に遂に、その事相の淵源、不世出の碩徳堀上人の「御書全集」の抹削・破壊にその魔手を延ばしたと断ぜざるを得ぬ。が我々はこの佳節に現じた大悪は未来の大善の招来する瑞相と拝したい。

 平成十年の新客殿建立は、創価学会の『ニセ本尊』配布により、それに呼応するかのごとく起こった、阪神淡路大震災が機縁となっていることは周知の事実である。また正本堂解体も、池田大作はじめ創価学会の謗法を一掃するためであったことは、宗内の等しく認めるところである。御法主上人は、
「大聖人様の御指南によるところの本門戒壇建立という重大事について、凡夫の簡単な見解のみをもってこれを断ずるということは、まことに大きな誤りでありました。その池田大作の謗法が元となって造られたのがあの正本堂でありました。したがって正本堂が存在するということは、謗法・邪宗の創価学会の精神がいつまでも総本山に存在するということでありまして、これは我々日蓮正宗の正しい僧侶と信徒がこれから真の広宣流布を行いつつ、即身成仏の大功徳を受けていく上において、大きな障害となるのであります」
(大日蓮六五五―六三頁)
と明確に池田大作はじめ創価学会の謗法について仰せである。総本山では奉安堂建設の槌音も勇ましく、法界を浄化せんと響き渡っている。現在その雄大な姿を現した奉安堂こそ、御戒壇様を荘厳せんとする宗内僧俗の信心の赤誠であり、破邪顕正の願業の顕れである。正本堂は、大聖人の仏法を唯一信受し奉る日蓮正宗の僧俗の総意をもって解体・撤去されたのであるということを、貴殿らは銘記すべきである。
 なお、貴殿らのいう「『御書全集』の抹削・破壊にその魔手を延ばした」とは、全く謂われなき言い掛かりであり、被害妄想の最たるものと断じておく。

 巷間、貴殿に対し「三大秘法破壊の偽法主」との声を聴く。しかし、我々にすれば、それは貴殿への過賞であり容易に首肯し得るものではない。貴殿如き偽法主が、どうして宗祖三大秘法の根源を破壊し得ようか。同盟の総意を以て我々は貴殿に念告したい。
 宗祖の残された大御本尊を「一閻浮提総与」という、御本仏の元意に約して仰ぎ奉る、この現実の上で如如実実と躍動する信行の上に始めて開展する宗祖三大秘法の根源は、金剛不壊であり、貴殿如き悩乱の法主が千人萬人惹起しようとも、微動だにするものではいと。

 貴殿らの最後の言は、誠に支離滅裂な「三大秘法の根源論」というべきものであり、奇怪極まる代物である。その論たるや、本門戒壇の大御本尊に背き、御法主上人に対する誹謗の大罪に起因する「若悩乱者頭破七分」の姿そのものに成り果てている。
 以上、本書で破折したように、貴殿らの論はその理屈の悉くが邪義である。虚心坦懐に本書を読み、創価学会に身を置く自らの非を猛省せよ。
 日興上人は『遺誡置文』に、
「一、謗法の供養を請くべからざる事」(御書一八八五頁)
と誡められている。貴殿ら離脱僧は、いやしくも一度は出家した身ではないか。大謗法者である池田大作に施しを哀願することを深く恥じねばならない。もしも一分の善心あるならば、懺悔し、袈裟・衣と道号を下種三宝尊にお返しして、一から出直すべきである。

以  上