一、シアトル裁判の大敗北から宗内の目をそらすために発表
 日顕は「三〇万総登山」を前に強行した「開宣大法要」において、「『立宗七五〇年』を奉修するにあたり、三月二八日の意義をも検証すべきであると思った」などと述べているが、まずこれほど道理に合わない話はない。日顕が独断強行する「三〇万総登山」をはじめ、宗門においては「立宗七五〇年」への各種報恩事業の準備は何年も前から計画されてきた。日顕がもし「立宗七五〇年」を考えた末に三月二八日の「開宣大法要」を思いついたのならば、「三〇万総登山」が八年も前の平成六年に提案されたように、もっと以前から「三月二八日」の意義を宗内外に説明し、徹底してしかるべきである。
 ところが日顕がこの説を唐突に言い出したのは、本年一月三一日の「唱題行」においてであり、「開宣大法要」のわずか二ヶ月程前である。

 御法主上人猊下は「開宣大法要」において、
「さて、本日は宗旨建立七百五十年の記念法要として、まず本年度に当たり、この三月二十八日をもって『開宣』の意において大法要を行うのでありますが、これは宗史の上の重大な見解によるものであります。したがって、この宗旨建立七百五十年を奉修するに当たり、四月二十八日はもちろんのことながら、三月二十八日の意義をも顕彰すべきであると信ずるに至ったのであります」(大白法五九五―二)
と仰せられ、その甚深の御内証より、宗旨建立七百五十年の大佳節に当たり、広宣流布のため、三月二十八日の意義を顕彰すべきであるとして御仏智を拝されたのである。したがって、その御指南がいつなされようと、それは一宗を教導あそばす御法主上人の権能であり、本宗の清浄な信仰を失った「愚痴の者共」が口を挿むべきことではない。身の程を知れといっておく。

そして、この一月三一日は、日顕が三十数年前、アメリカのシアトルで売春婦と性交渉しトラブルになったという事件を扱った「シアトル裁判」を宗門が取り下げ、和解する日でもあった。日顕は、唱題行の最終日の話の中で「この一月三一日という本日が、実は私にとっても非常に不思議な日であるのですが」(『大日蓮』三月号、五五頁)とシアトル裁判が、実質敗訴となり、永遠に自らの恥辱が烙印される日となることを熟知し覚悟していた本音を問わず語りに述べている。
 とすれば、日顕が本来、宗門において重大な化儀変更につながる「立宗二回説」について事前に周知徹底する期間も設けず、「立宗七五〇年」の間際に突如発表した訳は明白である。「シアトル裁判」が東京地裁で完全敗訴、二審も敗訴必至とあって「原告でありながら提訴を取り下げ和解に応ずる」という実質上の大敗北を呑んだ日顕が、宗門内の動揺を抑えるために「目くらまし」として打ち上げた花火が「立宗二回説」に他ならないのである。事実、日顕が「立宗二回説」を正式に発表したのは、シアトル裁判敗北の言い訳をするために開かれた、本年二月八日の「緊急指導会」の場においてだった。その指導会では、日顕が東京地裁の裁判長から「シアトル事件が真実である」と認定されたにもかかわらず、それを覆せず訴訟を取り下げた、という点について、日顕ら執行部が宗内僧侶・法華講幹部に何らかの弁明・謝罪を迫られていた。
 だが日顕は自ら起こした破廉恥騒動にはほとんど触れず、「今年は三月二八日に『開宣大法要』と名付けた法要をやる。これは唱題行をしていた、去る一月二八日に思いついた」などとまったく裁判と関係ない話を冒頭から切り出して、宗内僧俗を呆れさせた。百歩譲って“思いつき”だから急に発表した、と日顕がいうのならば、「シアトル裁判敗北のための指導会の席で、なぜ本来なすべき裁判関係の話を申し訳程度にとどめ、わざわざ『三月二八日』の説明に終始したのか」と問いただすべきである。この疑問に十分に答えないかぎり、日顕が何の脈絡もなく「立宗二回説」を持ち出し、騒ぎ始めた第一の動機は、シアトル裁判敗北への宗内の批判をそらすためであった、と断定する以外にない。

 今回の「クロウ事件」和解に関して、宗門が「大勝利」を認定していることは、周知の事実である。したがって、いまさら日顕上人が「宗内の批判をそらす」必要など全くないのである。もし宗門が敗北というのであれば、創価学会はなぜ、一審の東京地裁下田裁判長の下した勝訴判決を無効としてまで和解に同意したのか。和解は創価学会の同意がなければ成立しない。それは一審判決が無効となるからである。しかも、その和解では、言論の自由が保証されている日本において、もう二度とクロウ事件に関して意見の表明や論評をしないことを誓約し、それに加え宗門側が事件の存在を単純に否認することも、当然として了承したのである。これは誰の目から見てもこれまでの報道が信用できないことを物語るものであり、紛れもなく、二審東京高裁での創価学会大敗北を恐れての和解同意であったことが明白である。まさに創価学会側の大敗北であることは、その後の『聖教新聞』や『創価新報』にクロウ事件報道の掲載が中止されたことがその事実を物語っている。
 二月八日に開催された緊急指導会の主たる目的は、この今回の和解は、あくまで裁判上の和解であり、邪教創価学会との仏法上の和解ではないことの徹底と、また裁判上の和解に至る経過の説明にあった。
 指導会の当日は、秋元渉外部長の挨拶、宗門弁護団による裁判経過と和解内容の詳細な説明の後、一時間余に及ぶ質疑応答の時間がもたれた。この秋元渉外部長と弁護士各位の説明、及び質疑応答により、今回の和解の趣旨と意義を僧俗一同が十分に了解した後、御法主上人が登壇され、渉外部長と弁護士の説明を総括する御指南をあそばされたのである。この際、御法主上人におかれては、勝訴判決以上の大勝利を収めてクロウ事件も終了し、僧俗一同喜んでこの和解を了解したことであり、折角、全国より指導会に参集した宗内全僧侶と信徒代表約千三百名に対して、未曽有の「開宣大法要」を修して深く仏恩報謝申し上げたいとの甚深の御指南をなされ、一同を温かく激励あそばされたのである。
 このように仏法上の甚深の御指南を賜ること自体が、創価学会などの謗法団体との裁判沙汰の終結により、宗門の本来あるべき清浄な姿に恢復したことの証左である。したがって、貴殿らの、「裁判関係の話は申し訳程度」とか、「シアトル裁判敗北の言い訳」との言は全く当たらず、誣言も甚だしいものである。いかに謗法にまみれたとはいえ、下司の勘繰りもいい加減にせよ。