五、霊感を自慢する日顕こそ平成の「僭聖増上慢」「慈覚」
 今までの中で、日顕の「立宗二回説」が“シアトル隠し”のために無理やりヒネリ出した「思いつき」であることを明らかにしたが、この真相はさておき、とにかく日顕が「思いつき」で宗旨建立の大事を曲解しようとしていることは、我等大聖人門下にとって許しがたい愚行である。
 二月八日のシアトル裁判敗北の「緊急指導会」の席上、日顕は、「一月元日にたいへん不思議な夢を見た」などと自らの霊感を誇示するかのごとき発言を行った後、本年の三月二八日に「開宣大法要」を行う、と突然に発表。そして「二十八日というところから振り返ってそこに特別な意義があるならば、そして、そこから三月と四月を振り返ったときには、三月にも四月にも宗旨御建立の意義をもってのお振る舞いがあらせられた」と何の文証も挙げずに言い出したかと思うと、そのことが「唱題行中に心のなかに浮かんできたのです。そして『今日は何日だったかな』と思った時に、『あ、今日は二十八日だ』という一つの不思議を感じさせていただいた」などと述べたのである。短い挨拶の中で、「不思議」という言葉を四回も連発した日顕には、参加者も狐につままれた感じだったそうである。
 日顕が勤行中に居眠りする常習犯であることは、宗門の人間なら誰でも知っているが、その時の寝ぼけ話をもとに「三月二八日に『開宣大法要』を行う」と言い出したのだから、呆れてものも言えない。思えば、約十年前の平成四年八月、日顕は教師指導会で「授受感応の心」なることを言い出し、「起きるともうつつともなく、フーッと体が起き上がっちやったんです。(中略)そして『教学部長』という声が出たんですよ、自分の口から」と発言し、〈夢の予言〉の的中を宗内で自慢した。今回の日顕は、それがさらにエスカレートし、単なる自慢話に終わらないで、宗門全体を巻き込んで大法要を行うまでになったのである。狂乱法主もここに極まれり、と言わざるを得ないではないか。
 言うまでもなく、大聖人は「利根と通力とにはよるべからず」(御書一六n)と仰せになり、経文によらず、怪しげな霊感などに頼ることを厳に誡められた。また夢をもとに天台宗の教えを曲げた慈覚に対し大聖人は、「夢を本にはすべからず」(御書二八二n)と呵責されている。唱題中の寝ぼけた「夢」をもとにして「立宗二回説」なる妄説を唱え出した日顕が、大聖人から「平成の慈覚」と厳しく弾呵されることは間違いないのである。
 さらに言えば、日顕は、法華経の勧持品に説かれる「僭聖増上慢」として、自分自身が大衆から敬われたい一心から、あたかも自分が「六通の羅漢」であるかのごとく振舞っている、とも言えよう。同品には僭聖増上慢を説いて「白衣の為に法を説いて 世に恭敬せらるることを為ること 六通の羅漢の如くならん」(『妙法蓮華経並開結』四四一n)とある。「六通の羅漢」とは、六神通を得た阿羅漢(聖者)のことであるが、六神通の中に「天耳通」というのがあり、これは「凡夫には聞こえぬ音声を聞く」という意味である。今回、日顕は、他の誰にも聞こえない大聖人の「御指南」が聞こえた、などと言い、自分を特別な存在に祭り上げようとしているのであり、その姿はまさに六神通を誇示する僭聖増上慢に他ならない。新興宗教の教祖よろしく、霊感を売り物にするまで成り下がった日顕――平成の「僭聖増上慢」「慈覚」の正体は、ますます明瞭となったのである。
 今回の日顕のごとき霊感的な教義改変を漫然と見過ごすならば、歴代先師が身命を賭して守り伝えてきた正法正義は、やがて灰燼に帰すことになろう。昭和初期に、日蓮主義者の北一輝や井上日召、石原完爾などは、霊感的な日蓮解釈をもとに超国家主義を唱え、日本の軍国主義化を促進した。それは特殊状況下で起きた過去の出来事にも思えるが、〈霊感による御書解釈〉という基本的発想においては、日顕も狂信的日蓮主義者と何ら変わるところがない。心中では大御本尊をニセ物だと思っている日顕のことである。将来、御本仏から霊感があった、などとして御書を歪曲し、宗旨の根幹を否定し出す可能性すらあろう。日顕の霊感狂いは、他愛もないことに見えて、じつは危険極まりない思想である。宗祖大聖人が「通力」や「夢」をもとにした経文解釈を徹底的に破折されたその深意を拝し、宗開両祖の正義を守り抜くためにも、我々は今後、日顕の霊感説法を断固破折し抜く決意である。
 以上、述べ来たったところを結するならば、日顕は、シアトル裁判敗北の目くらましと、詐称法主の劣等感の裏返しとしての名聞名利の心とから、何の意味もなく「立宗二回説」を唱え出した。その珍説は、詐称法主なるがゆえに歴代先師の指南に反し、また笑止にも自分自身の過去の言動に反し、日顕は宗内外の笑いものとなった。またこの妄説には「民衆救済」の観点がまったく欠落している。ゆえに「開宣大法要」なるものは単なる供養収奪を目的とした「儀式のための儀式」となり、日顕が実質上、必死に圧力をかけたにもかかわらず、宗内僧侶が二〇〇名ほど欠席するという大失態を演じた。宗内のシラケぶりは推して知るべし、である。そして今回のバカバカしい珍事を通して明らかになったことは、寝ぼけ詐称法主の日顕こそ平成の僭聖増上慢であり、大石寺門流を邪宗化させた宗門の慈覚に他ならない、ということなのである。
 我等日蓮正宗改革同盟・青年僧侶改革同盟は、富士門流の正統としての立場から、まことに笑うべき稚説といえども、今回の日顕の妄説邪義をここに粉砕し、もって石山の正義を称揚せんとする次第である。

 この段は貴殿らの邪難の最終部分であるが、最後まで誠に低劣な悪口中傷の羅列にすぎない。
 まず、「シアトル隠し」などは前に反論したように、宗門大勝利の結果からも日顕上人が隠される必要はない。したがって本年二月八日に堂々と和解に関する指導会を開かれているのである。
 また貴殿らは御法主上人に対して、「日顕が勤行中に居眠りする常習犯であることは、宗門の人間なら誰でも知っている」と揶揄している。しかし宗内の僧俗は御法主上人猊下の勤行、唱題行における凛然としたお姿を長年拝しており、貴殿らのそれらの嘘は全く通じない。このようにあらゆる誹謗を作り上げる貴殿らの奸計・邪智には天魔も三舎を避けるであろう。
 さらに貴殿らは、日顕上人の小事ではあっても不思議を感ぜられたあらゆる御発言の言葉尻をとらえて罵っているが、貴殿らのごとき見当違いな迷見・邪見によって、目先のことすら正しく見ずに正師を怨嫉する汚れ切った心底では、日顕上人の高邁な御心を理解できるわけがない。
 どんな小さな日常の事にも奥深い不思議が潜んでいる。万物の不思議さを開いていくことこそ妙法の用きではないか。日顕上人はあらゆる機会に種々の趣意について宗門に広くお言葉を述べられている中で、ある時には聴衆に、目先だけの認識以上のものが不思議の内容としてあることを知らせようとするお心から、些少なことの中にも不思議があることを示されているのだ。貪りと瞋りと愚癡に終始する貴殿ら「怪狢動迷」の愚心では察し得られないことである。
 次に夢の話をもって慈覚に擬えているのも、例にならぬ例をとっての誹謗の繰り返しにすぎない。大聖人の「夢を本とすべからず」との御指南は、真言に傾倒する慈覚が見た、日輪を射る夢を吉夢にあらずと批判されたものであり、大聖人は決して夢に具わる仏法上の意義を否定などされてはいない。すなわち後漢の明帝の金人の夢、遺竜の見た父烏竜の夢、阿闍世王の夢による改心、『開目抄』の夢中の羅刹による懺悔発心の御指南等、枚挙に暇がなく、特に『産湯相承事』には、御両親の霊夢を御指南あそばされるところである。
 貴殿らの主張に従えば、このような御指南も誤りということになるがどうか。我々の生命は意識・無意識を問わず一念三千の当体であり、夢もまた法界の一分であることが、不信心にして生命の不思議を感得できぬ貴殿らには全く理解できないと見える。
 また夢の話と三月の法要の理由を一緒にしているのは、誣言も甚だしい。夢の件は、小事ではあっても、日顕上人が不思議の一分として御心中を述べられたのであり、三月宗旨建立の件は夢の話とは全く関係がないではないか。御法主上人は、古来、宗門に三月二十八日宗旨建立の文献や、三月の行事のあったことは無論御承知あそばされていたが、何故三月と四月の宗旨建立が共に二十八日と伝えられているかについてお考えになられていたと拝する。
 それが、一月の唱題行中、二十八日という日こそ『清澄寺大衆中』の御文よりして、虚空蔵菩薩への祈念と深い関係があると心感あそばされたのであり、その日が唱題行も終わりに近い二十八日だったということである。これもその二十八日という日における事として不思議の感を述べられたまでである。
 貴殿らは、三月の「開宣大法要」はこのことからの思いつきだとして軽蔑嘲笑するが、貴殿らのごとき三毒充満の輩と違い、日顕上人は二十三年に亘って宗門を統率し給い、このたび宗旨建立七百五十年の慶事に当たって仏恩報謝の大浄行をあそばすべき責任者としての御境界であらせられる。貴殿らのごとき池田かぶれの俗人とは土台、格が違うのだ。格が違えばその思うところ、自ずから尊卑の距りがある。先にも論ずる如く、七百年の不断の血脈を、日達上人より日顕上人に至る間に断絶したという誹謗邪説を構える貴殿らに、清浄な宗門を論ずる資格はない。日顕上人は従来の宗門史上の三月・四月に長く思いを秘められつつ、本年の唱題行に深い御仏智を拝し給うたのであり、血脈に背き誹謗怨嫉を事とする貴殿らの心地とは天地雲泥であるといっておく。