20〔反社会的〕
大謗法も見て見ぬ振り これを食法餓鬼と言う≠フ謗言(ぼうげん)を砕破(さいは)

「今日、創価学会があらゆる面で社会的にも嫌悪されるような不道徳の形が現れておるのも、その源はすべて大聖人の教えの根本に背反した我見・我欲によるということを、よく我々は知らなければならないと思います」(平成4年9月27日・北海道第一教区)
 創価学会が社会的に嫌悪されるのは、池田大作という独裁者による全体主義の非民主的集団であり、また批判拒否体質、謀略体質にもよる。
 洗脳された会員によって、池田氏の虚像が喧伝され、天下取りのための猛烈な選挙活動等、世間の人はよく解っている。
 しかし、かっての阿部師は、
「今は学会がいろいろなことで反社会的だというようなことを週刊誌等で喧伝されておりますが、それも今にはっきりしてきます。あるいは池田名誉会長の問題にしてもはっきりしてくると思いますし、はっきりしてみれば何ということもないものだと思うのであります。それらは結局、正しいことをきちんと守り、本当に正しい仏法を守って行こうとする人に対しては、悪口を言う人間がいるということであります」(昭和56年8月25日・全国教師講習会)
と、池田氏を擁護することに躍起であった。
 ところが阿部師は、
「皆さん方も知っておるとおり、昔からのことを言えば、もう大変な増上慢と浅識による大謗法があり、宗門としては、腫れ物に触るようにしてきた時期もありました」(平成5年9月19日・栃木布教区)
と発言している通り、阿部師自身も池田氏や創価学会の実態を、本当は知っていたのである。にもかかわらず、学会を批判する知識人やマスコミに対して「仏法を知らない怨嫉の念を持つ境界の低い俗人ども」とか「世間の謗法の輩が」と口汚くののしってまで池田氏・創価学会を擁護してきた。
「今、世間の人は、池田大作の本当に悪いところを知らないわけです。つまり、創価学会であらゆる機関と財力を使って池田を大宣伝しており、それに乗せられた人々は、その仏法的、社会的、様々な上からの諸悪の根源が、池田大作一人にあるのだということを知らないのです」(平成5年5月23日・中部布教区)
 な〜に、世間の常識人たちは池田氏や創価学会の正体をとうの昔から知っていた。
 阿部師は「創価学会の機関と財力に乗せられて池田氏の実態を知らない振りをして」二百名にも及ぶ正信会僧侶を追放してまで池田氏礼賛を繰り返し、甘い汁を吸ってきたあげく、今日の混乱をつくってしまったのだ。
 要するに、損得づくで池田創価学会の実態を見てみぬ振りをして、まさに「善人を治罰して悪人を愛敬する」愚を犯してしまったのである。
 これも、阿部師にとっては「はっきりしてみれば何ということもないもの」なのであろう。
 謗法を見て置いて呵責しないばかりか、その謗法者の力と財力をあてにして生きる。これを売僧・食法餓鬼・法師の皮を着けた畜生という。

 ここでも貴殿らは、御法主日顕上人猊下が、平成二年以降、創価学会・池田大作が再び謗法を犯した後に、その誤りを指摘されたことに対して、それ以前の創価学会が正しい信仰の立場にあった時点における、御法主上人猊下の創価学会・池田大作擁護の御指南をことさら取り上げて、大謗法も見て見ぬ振り これを食法餓鬼と言う≠ネどと誹謗している。
 昭和五十五、六年当時は、創価学会に関する問題が一部のマスコミや国会議員などによって「社会問題化」され、さらに自称正信会の者が、自民党の一部と結びつくかたちで「創価学会の社会的不正を糺す会」なる団体を発足させ、池田大作の国会喚問を求めて署名を集めるなどの運動を展開していた。昭和五十五年十一月七日には、自称正信会の僧侶百六十数人と檀徒約七千人が、東京・日比谷公園で決起大会を開いて反学会の運動方針を採択し、国会周辺をデモ行進し、自民党本部で国会議員に請願書を手渡したりした。
 自称正信会の者は、これに先立つ同年九月、第五回全国檀徒大会をめぐる問題で宗務院から処分されており、彼らが学会のことを問題にしたのは、宗務院の処分から目をそらさせ、自分たちの正当性を主張するという魂胆もあったといえる。
 当時、学会について問題とされていたのは世俗的な事柄であったが、御法主日顕上人が、学会・池田について擁護するお言葉をなされたのは、こうした背景があってのことであり、当然、創価学会・池田大作の反省後の信心を信頼されていたのである。
 また貴殿らは、日顕上人が学会について「昔からのことを言えば、もう大変な増上慢と浅識による大謗法があり」と仰せになったことを取り上げ、阿部師自身も池田氏や創価学会の実態を、本当は知っていたのである≠ニ言っている。日顕上人がこの御指南で、「大変な増上慢と浅識」と仰せられたのは、昭和五十二年路線以前の種々の逸脱についてのことである。貴殿らは、日達上人がその昭和五十二年路線に至る創価学会のあらゆる謗法を最終的に許されたことを認めるのか、認めないのか。認めるのなら、御先師日達上人の敷かれた路線を継承された日顕上人は正当である。認めないのなら、貴殿らは厳然と創価学会問題を収束遊ばされた日達上人に対して反逆する者である。
 すなわち昭和五十四年以後の学会は、日達上人に五十二年路線の謗法を反省しお詫びして許された。これにより創価学会は再出発をした。
 しかるに平成二年以後の学会は、御先師日達上人の代における、仏祖三宝への反省懺悔を反故にし、重ねて罪を作った。これは『顕謗法抄』に、
 「懺悔すれども懺悔の後に重ねて此の罪を作れば後の懺悔には此の罪きえがたし」(新編二七四)
とお示しのとおりの大謗法の重罪なのである。
 さらに貴殿らは、世間の常識人たちは池田氏や創価学会の正体をとうの昔から知っていた。阿部師は「創価学会の機関と財力に乗せられて池田氏の実態を知らない振りをして」二百名にも及ぶ正信会僧侶を追放してまで池田氏礼賛を繰り返し∞損得づくで池田創価学会の実態を見てみぬ振りをして≠ニ言うが、世間の人が見るのは表面だけの摧尊入卑の見解であって、仏法の本源からの悪を知らない。それに対して、何度も言うが、日顕上人が学会・池田を擁護されたのは、創価学会・池田大作が過去の逸脱を反省して信徒団体としての道を進む限り、全学会員は日蓮正宗の信徒であったのであり、『阿仏房尼御前御返事』に、
 「浅き罪ならば我よりゆるして功徳を得さすべし。重きあやまちならば信心をはげまして消滅さすべし」(新編九〇六)

と御教示のように、創価学会を大きく見守っていくことも必要だったのである。
 総本山第五十九世日亨上人は『有師化儀抄註解』に、
「門外折伏・門内摂受」(富要一‐一四九)
と仰せられているが、日顕上人の御指南は、まさにその意味である。
 また貴殿らは二言目には二百名にも及ぶ正信会僧侶を追放≠ニ言うが、本宗の信仰から外れ血脈を否定するならば、それが十名であろうが、百名であろうが、たとえ千名であろうが、数にはかかわりなく擯斥されるのは、理の当然ではないか。自ら仏法の正道を踏み外しておきながら、一旦処分されるとみっともなく騒ぎ立てる、これを称して逆恨みと言う。
 御法主日顕上人猊下は、御先師日達上人の大慈悲のお立場を踏襲され、令法久住・広宣流布のため、今日六百カ寺に垂んとするほとんどの日蓮正宗寺院に法華講の支部を結成され、大発展の基礎を作られたことを告げるものである。

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